物語15 インフルエンザの別れ 後 


 その日の仕事が終わると、カイくんからメールが入っていました。
 体、大丈夫? またうちにおいでよ、というようなこと。
 私の返信はこうでした。

  A:ありがとう
    良い機会だから、別れよっか。
    カイくんが愛してくれてるの、良くわかった。頼れる人ってのもわかった。
    これ以上、私が引きずり回したらいけない人だ。甘えすぎてしまう。
    お礼にはちゃんと伺うから。



 カイくんから受けた恩恵。
 カイくんの家族が望んでいる幸せ。
 家族がカイくんにかける期待。
 そこに、私が入り込む余地がない気がしました。
 子どもじみた私。
 大人として自立できない私。
 とても不釣合いでみじめでした。
 カイくんの愛に、何を持ってこたえられるのか、何もない気がしました。
 私には、何もない。


 ケイタイが鳴りました。
 2度、3度。カイくんから。
 コール音を聞きながら、涙があふれました。
 しゃべっても、声にならない気がしました。

 カイくんからメールが。
  K:もう電話も取ってくれないんですね、分かりました。
    最後に話だけでもしたかったです。もう電話もしません。御礼にも来ないで下さい。
    最後に一言、本当に大好きでした。
    もう会うこともないし、いろいろな制約受けなくなるから自由にしてね。


 しばらくしてもう一通。

  K:もう未来はないです。幸せなんてないです。もういい、さよなら


 たまらず、送り返しました。震える手で、何度も打ち間違いながら。

  A:ほんとに愛してる人には、幸せになってほしい。
    自分よりも、今この場の気持ちよりも、望むのは好きな人が幸せになることだから、カイくんが好きなら、邪魔しちゃいけないの。
    足かせになるなら、さっさと断ち切るべき。
    遅くなればなるほど、カイくんの時間を奪うことになる。



 電話が鳴り続けました。
 カイくんの悲鳴を聞いているようでした。

 やっぱり、ちゃんと分かってもらったほうがいい。
 私は電話をとりました。
「どうして? 何がだめなんだ?。」
 とカイくんは言いました。
 私は思っていることをすべて話しました。
 結婚は、私には無理だと。
 子ども過ぎて、自分はカイくんには不釣合いで、何の足しにもならないと。

 とにかく、会って話そう、と、カイくんが言いました。


 翌日、私は空っぽになっていました。
 カイくんと待ち合わせをして、私のうちへ。
 蒼白な顔色のカイくん。
「心臓止まったよ。あのメール見たとき。」
「ん。ごめんね。」
 私はアタマ空っぽでした。言わなきゃいけないことを言って、カイくんともう別れたつもりでいました。
 いつもどおり洗濯物を取り入れてたたんでいました。
「どうしてそんなに普通にしてるの?」
 カイくんに言われました。
「そう?」
「ちょっとこっちへ座って。」
 話し合い、というんでしょうか。
 ほとんど覚えていません。アタマ空っぽですから。
 カイくんは泣いていました。
 愛してる、好きだ、結婚をプレッシャーに思っているのなら、考えるから。
 説得、されたんだと思います。
 

 その日の夜、カイくんは泊まることになりました。
「結婚て、そんなに幸せな感じしないんだ、私。カイくんは、お兄ちゃんが結婚して、うらやましいのかもしれないけど。」
「俺は、結婚したいよ。あきちゃんが家にいてくれたら、すっごい幸せ。」
「私、仕事は絶対するからね。主婦なんて、ありえない。私が腐ってしまいそうな気がする。」
「それでもいいよ。あきちゃんのやりたいこと、したらいい。」
 根はぐうたら、ですから、仕事がなかったら本当に怠けた人間になりそう、と思っています。
 そして、私の母は、仕事をしながら私を育てました。
 父と同等の稼ぎをして、私を私立高・私立大へ行かせてくれました。
 母が、私の女のかがみでした。家にいて家を守る女性の姿を見たことがなかったので、私の頭にはそう、すり込まれていました。

「カイくんも、家事が出来ないとだめだからね。一人暮らししたことないでしょう?」
「寮ではちゃんとやってたけど?」
「料理とか、練習してね。」
「わかった、頑張る。」
 私が小学生のころ、勤務地が遠くて帰りの遅い母。夕食を作っていたのは父でした。
 家庭は、それぞれ、外から見たらいろんな特徴があるものです。
 中にいる人間には、それが標準、としてすり込まれていくものなのです。
 それをカイくんに当てはめるつもりはありませんでした。が、カイくんちだけのやり方が、だれでも望む理想、というわけではないことを分かってほしかったのです。
「病気持ちだし、赤ちゃん産めないかもよ。」
「次の診察、いつ? 俺、いっしょに行くから。先生に話、きこう。」
 子どもは大好きです。でも、産むとなると自分の体が心配でした。
 病気が進むと、妊娠中には使えない薬があるそうです。
 しかも育てられるような将来性が私にはありません。
「赤ちゃん、ほしいな。俺の子ども、産んで。」
 カイくんはしきりに言いました。


 カイくんが好き。だから、別れられなかったたったんだと思います。
 カイくんの動揺ぶりが、そのまま愛情の深さに見えました。
 そっか、愛されてるんだ、私。
 だったら、越えられないものを頑張って超えるだけじゃない。
 未来は、ある。カイくんの愛情があるなら、自分の頑張りで何とかできる。


 そうして、私たちの第2段階がはじまりました。



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